オリンピック向け水着で話題の社長にご登場いただきました
山本化学工業株式会社 社長 山本富造
<プロフイル>
昭和34年、大阪・天王寺生まれ。近畿大学商経学部卒。在学中、米フロリダ州立国際大学に留学し、多国籍企業論を学ぶ。同56年山本化学工業(大阪生野区)に入社。父・啓一(創業者)さんの跡を継いで同59年社長。少林寺正拳士4段。開祖・宗道臣氏からは「自分のことだけを考えるのではなく、半分は人のことも考えられる人」「能力が人より少なくても努力すれば追いつき追い越せる」など教えられる。一方でケンカのやり方も“伝授”されたとか。父は学者肌の人で阪大での研究体験もあって高分子の合成ゴム開発に挑戦し、いまでいう新素材領域への進出を果たす。
- 近畿圏からの輸出は、アメリカ向けのシェアが低下する一方、アジア向け、中国向けのシェアが増加。会社の設立は昭和39年5月1日。前身は、その昔、北陸は能登の港から関西、北海道を巡る北前船の回船問屋でした。大阪の地に来て今は、先代の創業社長が脱脂粉乳を原料に合成ボタンを製造するなど国内に豊富に存在する石灰石(炭酸カルシュウム)を原料とする新素材(特殊ラバー・ゴム)の製造法を独自技術で開発、以来更なる進化を速め早め、新素材開発とともに歩んできました。
- 話題を集めたオリンピック代表選手が試着した英国スピード社製の競泳水着と当社から国内スポーツ3社に提供した素材(バイオラバースイム)を使った改良水着について、ミズノは採用せず、デサント、アシックス2社は一部を使ったものの「90%以上使わないとスピードの成果は出ない」と残念な思い。当社の素材を100%近く採用した競泳水着を試着した競泳選手(関大生)が従来の自己新記録を更新した事実が存在する。 (実は取引関係にある英スピード社と米ナイキ社から受けていた素材の提供を拒否してまで、ニッポンのことを優先していた)という。
- ジャパンオープンが行われていた後半、急きょ、日本水泳連盟から山本化学工業が言う競泳水着を会場に持参するように請われたが、コーチ、選手とも一人も顔を見せず、連盟からの挨拶もなく、摩訶不思議さをかんじました。
- こうした中で添付させてもらっています日経産業新聞(6月6日付)、日刊工業新聞(6月11日付)産経新聞(6月25日~26日)各紙から、ご好意あふれるインタビュー記事を記載していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。当社の新素材の魅力や、全社員の思いと当社の今後の事業展開にエールをいただいたと受け取っている次第です。
- 新素材としてバイオラバーの新領域(ウエットスーツから健康・医療へ)を一段と広め、ユーザーニーズを先取りした研究開発に研鑚していく所存です。